Infinity
大型インスタレーション
これまでのアートフェアの枠にとらわれず、よりスケール感のある表現の場を創出する新たな取り組みとして、大型インスタレーション作品に特化した展示企画「Infinity」を展開。巨大な立体作品や没入型の空間演出を提供。従来のアートフェアの枠を超えた“身体ごと感じるアート”を体験できます。
Artists
チョン・ユギョン
山本尚志
赤羽 史亮
能勢孝二郎
能勢孝二郎
Artwork Statement
石庭は、岩石などを主体に構成した庭園で、禅の思想と結びつき簡素でありながら精神性を持つ庭として発展してきました。岩石が、コンクリートブロックと入れ替わると、どのような空間が出現するのか。と考えています。
赤羽 史亮
Artwork Statement
かつて世界は、暗闇に満ちた広大な不可視の領域として存在し、人々は人間自身を含む自然を畏れ、時に敬っていました。 私にとって絵画とは原初的な世界に通じる穴であり、創作とはその世界にアクセスすることです。 私は作品を通じて、現在の社会構造の中で閉じ込められた裸の世界を視覚化し、オルタナティブな世界の見方を解放します。 世界はもっと大きく、もっと自由で、思いやりがあり、想像力豊かで、美しいものであるべきだと信じています。
チョン・ユギョン
Artwork Statement
2022年から取り組んでいる「大村焼」では、自分が置かれた「境界線」や「複雑な状況」をどのように描き、表現できるのかを探ってきました。私にとって「大村」は単なる地理的な場所ではなく、概念的な場でもあります。
1950年12月、長崎県大村市には「不法入国者」とされた韓国・朝鮮人を強制送還するための大村入国者収容所(現・大村入国管理センター)が設置されました。そこには植民地支配の余波を受けた人々や刑余者が収容されました。植民地期に「日本臣民」とされた旧植民地出身者たちは、講和条約の発効を境に「内なる外部」とされ、不安定で複雑な立場に追いやられます。さらに、南北分断の影響も及び、収容所内部でも支持の違いによる対立や分断が生じていたといわれています。
この地はまた、文禄・慶長の役の際に朝鮮半島から持ち帰った虎を放った場所と伝えられ、「放虎原(ほうこばる)」と呼ばれてきました。実際の記録は残されていないものの、朝鮮から連れてこられた虎が放たれたという伝承と、その地に後に朝鮮人収容所が建設されたという事実は、強い想像力をかき立てます。
さらに、大村に近い佐賀県有田町は、日本を代表する窯業地として知られています。その起源は文禄・慶長の役にさかのぼり、朝鮮半島から連れてこられた陶工たちが礎を築きました。中でも李参平は有田焼の陶祖とされ、今日もその文化は息づいています。大村と有田には、人や技術、文化の移動と定着が重層的に刻まれているのです。
私は韓国滞在中に兵務庁から徴兵義務を通知され、日本に帰国せざるを得なかった経験があります。在日コリアンは常に国家間の境界によって区切られ、移動を強いられ、「場違い」とされてきました。その事実は過去の出来事にとどまらず、現在も、そしてこれからも繰り返されるでしょう。
今回制作した陶磁器は、1944年に有田町で実際に作られた陶製手榴弾をもとにしています。鉄不足の代替として試みられたそれは、殺傷能力の低さから実戦で使われることはなかったといわれています。私はこの陶製手榴弾を文化と戦争をつなぐ象徴的なモチーフと捉え、自らが常に境界線上で揺れ動いてきた姿と重ね合わせています。
「境界線」とは、はっきりと存在するように見えても実際には曖昧であり、立場や視点によって変わります。その曖昧さや「場違い」とされる経験はネガティブに映るかもしれませんが、私にとっては考え続け、学び、新たな視点を探る契機となります。美術もまた、明快な答えを提示するのではなく、曖昧さや余白を抱え、観る者に思考の場を開く営みだと考えています。
《OMURA-yaki marginal》は、境界線に身を置きながら、その揺らぎや摩擦を見つめ直す試みです。この作品が、みなさんにとって日常や既知のものを異なる角度から捉え直すきっかけとなれば幸いです。
山本尚志
Artwork Statement
これは、レディメイドの作品である。
1917年、マルセル・デュシャンは男性用小便器に「R.Mutt」とサインを入れて《泉》を発表し、美術の概念をひっくり返した。それから100年以上、この”既製品を芸術にする”手法は、数え切れないほどの作家たちに受け継がれてきた。
私の《モーターショー(The Used / The Future)》も、その延長線上にある。けれどこの作品は、単に「買ってきた物を見せる」だけではない。
会場には、複数台のミニカーが、アクリルケースに収められ、配置されている。
そのうち半数は、「The Used」。
これは、1980年代末から1990年代初頭——いわゆるバブル経済期の日本に生まれたF1ミニカーであり、当時の子供たちは、こぞってそれを手に入れ、友達の家や公園、団地の階段で夢中になって遊んだ。そのため、ミニカーはボロボロになっている。
この「The Used」は、”レディメイド”ではなく、今のように”レディユーズド”と呼ぶべきだ。傷めつけられる程に使用されたそれらは、そのまま現代に生きる大人たちの姿に重なるから。
もう半数の「The Future」は、現代の子供たちが手にする、まったく異なる種類のミニカーたちである。
パトカー、ゴミ収集車、長距離トラック、タクシー、ブルドーザなど、日常の現場で働く車両が並ぶ。
それは、かつての「速さ」や「勝ち負け」ではなく、いまの子供たちが触れている多様な役割・価値観・空想の反映である。
それは、かつてのスピードでも勝ち負けでもない価値観を子供たちが受け取っていることの表れであり、「日常を支える期待」や「社会貢献を求められる」そんな現代の若者の現実を思い起こさせる。
そう、これらは今から子供たちのもとに届けられる、彼らの未来の姿なのだ。
ふたつの時間、ふたつの社会像が、このモーターショーには同時に並んでいる。